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特別寄稿:本間大輔〔部活問題対策プロジェクト〕
※記事内容は寄稿者の見解であり、プロジェクト団体の方針・見解とは必ずしも一致するものではありません。

1.日本の教員を取り巻く現状と学校制度の成り立ち①

◆日本の教員は世界一忙しい?

以下の図は、2013年にOECD加盟国を対象として行われた「TALIS(Teaching and Learning International Survey)」こと「国際教員指導環境調査」の結果を文部科学省が整理した資料の一部です。
日本の学校教員の勤務時間が、その他OECD加盟国の平均値と比較されています。
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(*)文部科学省 初等中等教育局初等中等教育企画課(2015)『学校や教職員の現状について』{最終閲覧日:2016.8.14}

この図を見ると、「1週間あたりの勤務時間の合計」は日本が最も長く、53.9時間となっています。さらにその中でも「課外活動」(部活動)が占める割合が、著しく長いことがわかります。
また、「課外活動」以外の「本務」に目を向けてみると、どうでしょうか。
「授業」以外の「本務」の割合が、他国に比べて全体的に多いことが見えてきます。

この図から、日本の教員を取り巻く状況に関する三つの事実を読み取ることができます。

① 日本では、教員が長時間の労働に従事している
② 労働時間のうち『課外活動(部活動)』の占める割合が他国よりも著しく長い
③ 「授業」以外の「本務」の占める割合が、他国に比べて全体的に多い。

なぜ、日本において上記のような事態が生じているのでしょうか?

この連載では、複数回にわたってさまざまなデータや文献を参照しながら「日本の教員の多忙問題」が何によって生じているのか、その核心に迫ります。
そして、学校制度が抱える「多忙問題」に大きく影を落としている「部活動」のあり方や、「日本型学校教育」の是非について問い直します。

連載初回である今回はまず、文部科学省による「日本型学校教育」の定義と、それに対する見解を確認します。
さらに、日本の教員の多忙問題が起こる原因とも言える「日本の教育制度」が成立してきた歴史的経緯を紹介しましょう。

◆文部科学省による「日本型学校教育」の定義と見解

まず、文部科学省が「日本型学校教育」をどのようにとらえ、評価しているのかを確認しましょう。

文部科学省は『学校現場における業務の適正化に向けて<本体>』(2016)の中で、「日本型学校教育」について以下のような定義および見解を示しています。

「諸外国では,教員の業務が主に授業に特化しているのに対し,日本では,教員が,教科指導,生徒指導,部活動指導等を一体的に行うことが特徴となっている。こうした「日本型学校教育」は,国際的にも高く評価されており,学校が子供たちの人格的成長に大きな役割を果たしている。一方,学習指導・生徒指導等に加え,複雑化・多様化する課題が教員に集中し,授業等の教育指導に専念しづらい状況となっている。」
(文部科学省『学校現場における業務の適正化に向けて』pp.2より引用)

さらに文科省は、上記のような体制では「学校教育の維持に限界がきている」との見解も示しています。これについては、以下の通りです。

「学校や教員の熱心な取組や大きな負担の上で,子供に関する諸課題に対応してきたが,学校の抱える課題が膨れあがる中,従来の固定化された献身的教員像を前提とした学校の組織体制では,質の高い学校教育を持続発展させることは困難となっている。」
(文部科学省『学校現場における業務の適正化に向けて』pp.2-3より引用)

しかしながら、同報告書(全23ページ)を通読しても、教員の長時間労働の根本的な要因となっている「日本型学校教育」について、これを改善していこうとする趣旨の記載は登場しません。

おそらく、1872年の「学制」からおよそ150年間、日本の教育システムとしてこれまで機能してきた「日本型学校教育」という教育システムの根幹に大鉈を振るう改革は、困難を極めているのです。

文科省としても、教員の多忙問題を認知はしながら、根本的にシステムを改善するという決断を下すのは難しい状況にあるのだろうと推察されます。
しかし、ここに手を付けられない以上は、教員の多忙問題が根本的に改善されることはないでしょう。

◆「日本型学校教育」が確立された歴史的経緯

日本の学校制度が開始されたきっかけは、黒船来航によって開国が迫られた江戸時代にまで遡ります。
強力な兵器を保有している他国の脅威にさらされる中で、以下の一連の出来事が連なったのです。

【1】 明治時代前期……「学校制度」の導入

日本は当時、欧米列強の国々に侵略・植民地化される危機に陥っていました。
このような状況に対抗して、日本では「富国強兵」を目指した殖産興業などの政策が進められました。
「富国強兵」を推し進めるためには、国民を一律に規格化し、労働力や兵力として扱いやすくする必要があったのです。

このような事情から、国民を一律に教育するための学校制度が欧米諸国から日本に取り入れられました。

また、「鹿鳴館時代」とも呼ばれた当時、他の先進諸国から日本も先進国の一員であると認めてもらうためには、日本も先進諸国が実施しているのと同等の制度を構築していく必要がありました。
学校制度は、このような意図で導入された制度のうちのひとつでした。

国家中枢は学校の必要性を感じていたものの、農民が大半を占める日本国民は事態の緊急性に実感が湧かず、学校が必要であるとは意識できませんでした。
そうした中で、授業料を国民負担として支払い、農作業の労働力でもある子どもを学校へ通わせるのは、大多数の国民にとって大きな負担となりました。

学校制度を開始するため、1872年に「学制」が頒布されましたが、就学率は低迷を続けました。
1900年に施行された「第三次小学校令」において授業料の徴収が廃止され、ようやく就学率は上昇しました。同時に、各学年の修了・卒業認定の方式として、従来の厳格な試験の実施による判定(「等級制」)が廃止され、平素の成績の考査に基づく判定(「学級制」)によるものとなりました。

このような経緯を経て、現在の日本で当たり前となっている「学級制」が本格的に開始されたのです。

【2】 明治時代中期……当時の国民になじまない「機能集団」としての学校

当時の日本国民の大部分である農民は、家族や近隣住民と共同で仕事(農業)に従事し、顔見知り同士で生活のすべてを丸ごと共有する「生活集団」を形成していました。
「生活集団」という共同体のあり方が一般的だった当時の日本人にとっては、「子どもの一斉教育」という目的の達成のみを結成理由とした「機能集団」である学校(学級)は、なじみにくいものだったのです。

また、家族単位で仕事をする農民にとっては、子どもは大切な「働き手」です。子どもが就学するということは即ち、貴重な労働力を奪われることを意味します。
そのため、農業に従事する多くの国民は、一定時間を外で拘束される学校制度には否定的でした。

【3】 明治時代末期~大正時代……「学級制度」の導入、「生活の場」としての学校

そうした中、明治時代末期から大正時代にかけて、学級の中に様々な活動を導入し、学級を「生活の場」として充実させていく教育実践が流行しました。

学校教育の開始時には、国家の都合により、国民を一律に「規格化」する目的を掲げていましたが、明治時代末期には、こうした教育のあり方を反省する流れが生じました。
「国家のための教育」から、「国民のための教育」へと、価値観が転換していったのです。
現在では、「国家を維持する人員の再生産」と「国民各人の幸福追求」という二つの目的のために教育が行われています。

教育制度の土台は「学級制度」「学年制度」として既に確立されていましたので、その枠組みの中で、国民のため・子どものための様々な教育実践が展開されました。
そうした教育実践も、当然ながら「学級制度」「学年制度」という枠組みに従ったものでしたので、学級が「生活の場」として充実していったのは、とても自然な成り行きでした。

こうして、現在、日本で当たり前となっている「学校」が誕生したのです。

このような経緯で確立した「日本型学校教育」制度は、「生活集団」として機能し、「子ども達の生活を丸ごと抱え込む」ところに特徴があります。
現在は、子どもが万引きや近所迷惑行為などを行った際には「教員による生活指導」が望まれるのが一般的ですが、これは「子ども達の生活を丸ごと抱え込む」という学校制度の性質に起因していると言えます。

今回は、日本の学校制度の成り立ちと、文部科学省による「日本型学校教育」の定義と見解、を紹介しました。
加えて、「日本型学校教育」制度が教員の多忙問題に大きく影響を与えている点について紹介しました。

次回は、上記の内容を背景として、教員が多忙化してきた経緯について紹介します。
⇒記事を読む:教員の多忙さと部活動の関係について (2) :日本の教員を取り巻く現状と学校制度の成り立ち② (本間大輔=文)

【参照】
・苅谷剛彦(2008)『教育再生の迷走』筑摩書房
・文部科学省 初等中等教育局初等中等教育企画課(2015)『学校や教職員の現状について』{最終閲覧日:2016.8.14}
・文部科学省(2016)『学校現場における業務の適正化に向けて』{最終閲覧日:2016.9.6}
・文部科学省(2016)『次世代の学校指導体制の在り方について(最終まとめ)』{最終閲覧日:2016.8.14}
・山本正身(2014)『日本教育史:教育の「今」を歴史から考える』慶應義塾大学出版会
・柳治男(2005)『<学級>の歴史学』講談社

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