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特別寄稿:本間大輔〔部活問題対策プロジェクト〕
※記事内容は寄稿者の見解であり、プロジェクト団体の
方針・見解とは必ずしも一致するものではありません。

【前回までの記事】
教員の多忙さと部活動の関係について(1):日本の教員を取り巻く現状と学校制度の成り立ち①
教員の多忙さと部活動の関係について(2):日本の教員を取り巻く現状と学校制度の成り立ち②
教員の多忙さと部活動の関係について(3):「日本型学校教育」の光と影①〔前編〕
教員の多忙さと部活動の関係について(3):「日本型学校教育」の光と影①〔中編〕

3.「日本型学校教育」の光と影①(後編)

前回までに、「日本の学校が抱える3つの課題」のひとつである「子どもの抱える問題」の代表的な例を4つ紹介してきました。
今回は、問題の一つである「いじめ・不登校」への措置という観点から、「子どもを守るシステム」が機能していないという問題に注目してみましょう。

◆子どもの抱える問題5 「いじめ」について再び考える

前回に述べたように、「日本型学校教育」が抱える決定的な短所のひとつは、「市民社会の論理」が適用されないという点です。

「学校では、厳格な法の適用が免除されるという慣習的な聖域保護政策のために、『友だち』や『先生』によるやりたい放題の暴力が蔓延する。」(内藤朝雄『いじめの構造』[新潮社,2009] p.169より引用)

いじめ問題への対策は、「市民社会の論理を学校に取り入れていくこと」が有効となりえます。
しかしながら、これは学校制度の大改革が必要となるので、行政としては中々手を付けにくいものです。

問題行動を起こした児童・生徒への「懲戒」や「出席停止」等の手続きは一応存在しています。
しかし、教員が「教育上の配慮」のためにこれを実施してこなかった長年の「慣習」が、「市民社会の論理を学校に取り入れる」ことの障壁となっています。

◆機能不全?「性行不良を事由とした出席停止」

「出席停止制度には、性行不良を事由とする場合と感染症を事由とする場合の2つがあります。いずれの場合も『学校の秩序を維持し、他の児童生徒の義務教育を受ける権利を保障する』という観点から設けられている制度です。」(『新・教育法規解体新書 ポータブル』p.329より引用)

皆さんは、感染症(インフルエンザ等)にかかって「出席停止」を言い渡されたことはありませんか?
皆さんの身の回りの人はどうでしょうか。感染症に罹患した人がクラスに増えると、「学級閉鎖」になることがあります。こうした経験を、皆さんはお持ちでしょうか。

私は、学齢期(数十年前のことです)に、インフルエンザにかかって出席停止になったことがあります。
また、私以外の多数のクラスメイトがインフルエンザにかかり、「学級閉鎖」になったこともあります。
「急に学校が休みになった。しかも自分のクラスだけ!」と、不謹慎ながら喜んでしまった思い出があります。

このように、感染症を事由とした出席停止は、ありふれているものです。
一方で、性行不良を事由とした「出席停止」は、感染症と比べると積極的に活用されてきたとは言い難いものです。

以下のグラフをご覧ください。性行不良による出席停止(が実施された)件数の推移を見てみましょう。

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平成26年度「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」について
p.21を参照して作成

日本中で、一年間に「性行不良を事由とした出席停止」措置がとられた件数は、平成9年度からの約20年間で、90件を超えたことがありません。
「感染症による出席停止」と比べると、極少数であることがわかります。

その一因として挙げられるのは、同じ出席停止でも「感染症」と「性行不良」は異なる法律で定められており、「性行不良」は実施に際して複雑な手続きが必要となる一方で、「感染症」は判断基準が明確で、実施の手続きがあまり煩雑ではないという点です。

しかし、それを考慮しても、「性行不良」による出席停止は十分に活用されているとは言い難い状況です。

実は、校内・学級内で問題行動(時には「犯罪行為」に該当する事例もあるようです)を繰り返し、他生徒の人権を侵害する生徒に対しては、教育委員会の裁量で「性行不良を事由とした出席停止」の措置がとれるようになっています。

この「出席停止」措置は、「当該の生徒を学校から排除するためのもの」ではなく、「その期間中、学校へ復帰できるように手厚く指導し、更生を促す」制度です。
「出席停止」措置の実行に際しては、教育委員会が責任をもち、学校において個人ごとに手厚い指導がなされるよう、措置を受けた生徒をフォローする体制を整えて臨むものです。

しかしながら、このような「出席停止」は極稀にしか実施されていません。

インフルエンザ等の感染症に罹患した際に「欠席」ではなく「出席停止」という措置がとられるのは、他の生徒がこれに感染し、「教育を受ける権利」が侵害されてしまうことを防ぐためです。
そう考えると当然、インフルエンザ以上に他の生徒の「教育を受ける権利」を侵害しうるという観点で、再三にわたる指導によっても更生せず、迷惑行為を繰り返す生徒に対して「出席停止」の措置が取られることがほとんどないのは、甚だ疑問です。

『文科省では定刻になるとチャイムが鳴るって知ってましたか?』(馳浩 他,小学館,2016)には、以下の記載があります。

「そこに犯罪行為が絡むのであれば、被害児童生徒を守ることを最優先し、警察の介入に躊躇すべきではない(中略)そこまでいかない軽微なものについては、懲罰的に出席停止措置をとるという判断もあるわけです。」(『文科省では定刻になるとチャイムが鳴るって知ってましたか?』p.27より引用)

「出席停止」は「懲罰的に」十分に機能するはずですが、やはり「慣習」に従って、「出席停止」制度があまり活用されていないという現実があります。
その結果、他の生徒が多大な被害を受け続けながら、長期間にわたって学級という「ウサギ小屋」の中で苦しみ続けるのです。

よく似たケースとして想起される問題としては、「家庭内で虐待行為があっても、なかなかそれが発見されることがない」という事例です。
家庭内で起こる暴力事件は、簡単に隠蔽されてしまいます。
それと同様のことが、現代日本の学級では起こるべくして起こっているのです。

◆「子どもを守るシステム」が機能しない理由

文部科学省としては、「性行不良を事由とした出席停止」措置のほか、「いじめ防止対策推進法」の施行など、生徒指導に必要な措置を用意しているのですから、そこにはシステムとして構造的な欠陥がある、というわけではないでしょう。

文科省が用意した措置がなかなか活用されず、生徒たちが「ウサギ小屋」の中で苦しみ続けているのは、ひとえに日本の学校現場の「慣習」によるものと言えます。

つまり、生徒指導上「出席停止」を用いて当該の生徒を手厚く指導し、更生を図ることが有効であり、また他の生徒を守ることに効果がある場合でも、単にそれが「慣習上、異例だから」というだけの理由で、「出席停止」の活用が敬遠されているのです。

この背景には、長年の慣習から、「出席停止」がまるで学校から当該生徒を排除するかのような措置として教員や管理職等、世間から認知されてきたため、この制度の活用に踏み切れないという側面があるようです。

「出席停止」という有効な措置が活用されないのは、学校という大きな集団がもつ「慣習」と、それを根本から支えている「日本型学校教育」制度によるものだと、私は考えています。
けっして、文部科学省の「いじめ防止対策推進法」に大きな欠陥があるわけでも、「子ども」「教員」などの個人に原因があるわけでもないのです。

強いて他の原因を挙げるならば、教員の多忙さゆえに、「性行不良を事由とした出席停止」措置を実施するに当たって、手厚く個別指導をしにくい点が懸念されます。
しかし、「出席停止」措置をとるべき場面でそれを敬遠すれば、さらなる悪循環が待っています。

「出席停止」措置をとらず、教室の秩序が崩壊すれば、やがては「学級崩壊」に陥ります。
そうなれば、複数の生徒に性行不良が伝染した状態となり、教員はその対応に追われ、多忙さに拍車がかかります。さらに、精神的にも追い詰められていくことになるのです。

他の生徒を守り、教員がこうした悪循環に陥らないためにも、教員と校長、そして教育委員会が連携しての「出席停止」措置の活用は、欠かせないものです。

◆現状維持? もし変えられるなら・・・

これまで述べてきたように、現在の「日本型学校教育」制度、つまり学校および学級は、子どもたちにとって「心地よい居場所」にもなりえるし、いじめ・不登校を誘発する陰惨な場にもなりえるのです。

ただ、「日本型学校教育」制度のリスク(損失)とベネフィット(利益)を自覚した上で、私たちが「日本型学校教育」制度を維持したいのだとすれば、今後も維持されていけばよいと、私は考えています。
逆に、「ベネフィットよりもリスクが大きい」と判断されれば、「日本型学校教育」の短所(リスク)を克服していくよう、尽力すればよいのです。

「短所の克服」に向けて多様な対策が講じられて然るべきなのですが、その中でも、公教育費の拡充の効果は大きいはずです。
この拡充は、将来への投資に他なりません。

今回は、いじめとその対抗策としての出席停止、および出席停止の機能不全について紹介しました。
次回は、〔閑話休題〕として、学校の職員(教員)と行政等の職員が立場を「超」えて話し合い、協働への道を模索するという「『超』職員会議2016」の構想について紹介します。

〔閑話休題〕に続く

【参照】
・馳浩・義家弘介・富岡勉・堂故茂・豊田真由子『文科省では定刻になるとチャイムが鳴るって知ってましたか?』(2016)小学館
・教育課程研究会(2016)『「アクティブ・ラーニング」を考える』東洋館出版社
・文部科学省(2015)『学校教育法第11条に規定する児童生徒の懲戒・体罰等に関する参考事例』{最終閲覧日 2016.9.6}
・文部科学省(2015)『平成 26 年度「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」における 「いじめ」に関する調査結果について』{最終閲覧日2016.9.8}
・文部科学省(2015)『平成26年度「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」結果について』{最終閲覧日2016.9.12}
・文部科学省(2013)『いじめ防止対策推進法の公布について(通知)』{最終閲覧日2016.9.7} 
・文部科学省(2016)『次世代の学校指導体制の在り方について(最終まとめ)』{最終閲覧日2016.8.23}
・文部科学省(2001)『出席停止制度の運用の在り方について(通知)』{最終閲覧日 2016.9.3}
・文部科学省(2007)『問題行動を起こす児童生徒に対する指導について(通知)』{最終閲覧日 2016.9.6}
・内藤朝雄(2009)『いじめの構造』講談社現代新書
・中澤渉(2014)『なぜ日本の公教育費は少ないのか』勁草書房
・OECD(2015)『Education at a Glance 2015: OECD Indicators』OECD Publishing{最終閲覧日 2016.9.7}
・リヒテルズ直子・苫野一徳(2016)『公教育をイチから考えよう』日本評論社
・佐藤春雄(2014)『新・教育法規解体新書 ポータブル』東洋館出版社
・田中博之(2016)『アクティブ・ラーニング実践の手引きー各教科等で取り組む「主体的・協働的な学び」』教育開発研究所
・寺脇研(2013)『文部科学省―「三流官庁」の知られざる素顔』中央公論新社

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