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特別寄稿:本間大輔〔部活問題対策プロジェクト〕
※記事内容は寄稿者の見解であり、プロジェクト団体の
方針・見解とは必ずしも一致するものではありません。

この連載では、さまざまなデータや文献を参照しながら「日本の教員の多忙問題」が何によって生じているのか、その核心に迫ります。
そして、学校制度が抱える「多忙問題」に大きく影を落としている「部活動」のあり方や、「日本型学校教育」の是非について問い直します。

前回は、部活動に多様な役割が求められてきた経緯と、現在の顧問の過重負担について紹介しました。
今回は、前回の内容を踏まえて、部活動における「顧問」と「指導者」の役割の違いと、部活動にまつわるその他の諸問題について紹介します。

【前回までの記事】
教員の多忙さと部活動の関係について(1):日本の教員を取り巻く現状と学校制度の成り立ち①
教員の多忙さと部活動の関係について(2):日本の教員を取り巻く現状と学校制度の成り立ち②
教員の多忙さと部活動の関係について(3):「日本型学校教育」の光と影①〔前編〕
教員の多忙さと部活動の関係について(3):「日本型学校教育」の光と影①〔中編〕
教員の多忙さと部活動の関係について(3):「日本型学校教育」の光と影①〔後編〕
教員の多忙さと部活動の関係について(3):「日本型学校教育」の光と影①〔閑話休題〕
教員の多忙さと部活動の関係について(4):「日本型学校教育」の光と影②
教員の多忙さと部活動の関係について(5):「日本型学校教育」の光と影③
教員の多忙さと部活動の関係について(6):部活動の歴史と「顧問」の過重負担

7.部活動が必要としているのは「顧問」?「指導者」?

◆「顧問」の半数が未経験競技を「指導」 指導力不足を自覚

下図によると、中学・高校教員ともに半数が、未経験競技の運動部活動の顧問を担当しています。 

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日本体育協会「学校運動部活動指導者の実態に関する調査報告書」(2014)を参照して筆者が作成

さらに、下図によると、「専門的指導力の不足」に悩む顧問は6~7割に及んでいます。

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日本体育協会「学校運動部活動指導者の実態に関する調査報告書」(2014)を参照して筆者が作成

◆部活動が必要としているのは「顧問」?「指導者」?

ここで、少し考えてみましょう。
果たして、現在の部活動の運営に求められているのは「顧問」と「指導者」のどちらなのでしょうか?

「顧問」というのは、活動や運営の「相談役」を意味します。
一方「指導者」とは、特定の技能を適切に身につけさせる指導を行うことができる「専門家」です。

世間的常識からすれば、今の部活動はスポーツや文化活動の追究の場となっていますから、そこに必要とされるのは「指導者」であって、「顧問」ではありません。
しかし、上記の図から明らかであるように、多くの部活動顧問の教員は一切の専門性を持たないまま、「指導者」を努めなければならない状況に陥っています。

文部科学省は学習指導要領において「部活動」を以下のように定めています。

「生徒の自主的,自発的な参加により行われる部活動については,スポーツや文化及び科学等に親しませ,学習意欲の向上や責任感,連帯感の涵養等に資するものであり,学校教育の一環として,教育課程との関連が図られるよう留意すること。その際,地域や学校の実態に応じ,地域の人々の協力,社会教育施設や社会教育関係団体等の各種団体との連携などの運営上の工夫を行うようにすること。」(文部科学省『中学校学習指導要領 第1章 総則』より引用)

つまり、部活動はあくまでも「生徒の自主的・自発的な参加」によって行われるということが前提なのです。

このような趣旨からすれば、生徒たちの自主的・自発的な活動の組織運営の「相談役」として教員が「顧問」を務めることは、理にかなっています。

しかし、現状として顧問教員は過労死ラインを超える長時間労働にさらされており、「顧問」として綿密な対応をするのが難しい状況にあります。
そのため、教員の長時間労働問題が解決しない以上、教員が「相談役」の「顧問」を務めるのも、現実的ではありません。

生徒がスポーツ・文化活動に真剣に取り組む中で、顧問教員がたまたま経験者であれば、勝利を目指し、熱心な指導を実施されてきたことでしょう。勝負事である以上、競争の加熱は必然です。
この時点で、その教員は「顧問」から「指導者」へと役割を切り替えざるを得ません。
「指導者」が部活動を牽引するようになった以上、生徒の自主的・自発的活動ではなくなりますので、それはもはや部活動とは言えない活動になるでしょう。

学習指導要領の本来の趣旨を踏まえれば、現状のように「顧問」が「指導者」として部活動を積極的に指導し、牽引する部活動のあり方は、学習指導要領から大きく逸脱していることになります。

部活動は「教育課程外」ということで、各自治体および各学校の裁量に委ねられてきました。
いわば「無法地帯」のまま、長年放置されてきているのです。

◆文科省が「教員の部活動における負担を大胆に軽減する」旨を宣言

「無法地帯」の中で加熱してきたスポーツ・文化活動の追究の熱は、なかなか治まるものではありません。

文部科学省は学習指導要領において、部活動を「学校教育の一環」と位置づけています。
「学校教育の一環」である以上、現在教員の長時間労働を招き、教育活動全体に著しくダメージを与えている部活動は、強く規制をかける必要がある時期を迎えています。

文科省が『学校現場における業務の適正化に向けて(2016.6.13)』の中で「教員の部活動における負担を大胆に軽減する」旨を発表した事実は、「無法地帯」のまま長年放置されてきた部活動の改善に着手しようとしているように見えます。
願わくは、より効果的な改善に結びついてもらいたいものです。

◆部活動と長時間労働による教員の疲弊・教育の崩壊

現状、顧問に従事する教員から聞こえてくる悲鳴は、
「指導してあげたくても、指導してあげることができない」
「長時間・連日にわたる部活動が、本務の妨げになってしまっている」
というものが主であるように思われます。

教員の中でも、特に練習日数・時間数の多い部活動に従事する顧問が「過労死寸前」の状況に追い込まれています。
しかも、未経験競技の指導に従事しているとなれば、その負担の重さは想像に難くありません。

顧問自身の健康被害も深刻であり、過労死ラインを超えた勤務が当たり前となっている現状は異常です。
さらに、教員への深刻な健康被害は「教育の質を低下」させます。
教員の過重労働は、子ども達の不利益に直結しているのです。

また、こうした問題は学校内という「密室」で起きていることなので、なかなか世間の目に触れることがないというのも問題です。

現状、過労死ラインを超えながらも「教育の質」を保障するために尽力している教員の善意が最後の砦となっていますが、それは崩れかかっています。

◆現状の部活動の体制下で起きている諸問題

現在では、部活動のブロック大会、全国大会などの開催数の増加といった背景もあり、部活動はスポーツ・文化活動を追求する場へと変容を遂げてしまいました。
子どもの自主性・自発性のもと成り立つはずの部活動は、本来のあり方から姿を変えてしまったのです。

スポーツ・文化活動の専門的な指導ができ、教員としての本務も十分にこなせる教員は稀です。
また、そのような教員からも「まともに教育(専門的指導)に向き合おうとすると数十連勤は当たり前であり、体力的・精神的にしんどい」という声が聞こえてきます。

このような劣悪な教育環境のもと、部活動において子どもたちが深刻な被害を受ける事例が必然的に発生しつづけています。
不適切な練習によって死亡事故に至ったり、後遺障害が残ったりと、きわめて深刻な事態に発展することも少なくありません。

他にも、顧問が十分な指導ができず、スポーツ・文化活動を追究したい生徒が鬱屈した思いを抱く場合もあります。
逆に、勝敗を気にせず楽しく活動したいのに、熱心な顧問や同級生がそれを許さないという場合もあるようです。

「ブラック部活」と揶揄されるように、連日の長時間練習に参加せざるを得ず、退部や転部さえもゆるされずに地獄のような日々を送り、そのせいで失ったものが大きいと過去を振り返る元生徒もいます。

また、親の目から見て明らかにわが子の部活動の運営体制が異常である(連日の長時間練習や顧問からのパワハラなど)にも関わらず、わが子はそれを「正しいものとして受け入れていかなくてはならない」と考え、異常な環境に適応しようとしている事例もあります。

教員と子どもの両者の立場において、部活動がうまく機能する場合がある一方で、度を超えた異常事態も生み出しているようです。
なぜ、このようなことが起きてしまうのでしょうか。

◆「部活動」というシステムの脆弱さ

度を超えた異常事態を生み出してしまうのは、部活動の位置づけが曖昧で、徒に「自由度」が高いという部活動に係る業務体制に原因があると考えられます。

部活動(教育課程外)と各教科(教育課程内)とで、投入される人員数など業務を回す体制を比べてみると、部活動に係る業務の脆弱性は一目瞭然です。

教育課程内の教科指導においては、中学・高校では各教科の指導免許をもった教員が配置され、教員の人材が保障されるシステムになっています。
しかしながら、教育課程外の部活動は教員の「本務」ではないため、各教科ほどには教員の人材配置に配慮がありません。
そのため、部活動は、「スポーツ・文化活動(部活動)の指導力不足教員を量産するシステム」として機能してしまっています。

このように、部活動は、システムとしてあまりにも「脆弱」な体制の上に成り立っているのです。

本来、教員は「教育の専門家」であって、「スポーツ・文化活動の指導者」ではありません。
そのため、特に未経験競技の指導に従事する顧問には、多大な労力のロスが生じています。

上記のように、指導体制に明らかな不備があり、業務システムとしてあまりにも脆弱であるにも関わらず、部活動は「慣習」として維持され続けています。

部活動に係る業務が各自治体・各学校の裁量に任されている以上、人員の分配などにも強制的な改善が図られないわけですから、すなわちシステム上「無法地帯」となっているということを意味しているのです。
「無法地帯」において多くの不幸が発生しつづけるのは、当然のことです。

◆部活動の改善に向けて

部活問題は、文部科学省からのトップダウンによってのみ改善できる課題ではありません。
部活動のあり方については、地方の教育委員会や各学校に裁量権が強く認められているからです。

教員を含め、様々な立場の人によって「改善の余地がある」という問題認識が共有され、手探りで改善されていく必要がありそうです。

そのためには、「立場を超えた連携」が欠かせません。

部活動の改善には、文部科学省・教育委員会・学校・保護者・生徒・世間一般の協力が必要不可欠です。
いずれか1つでも欠けてしまうと、改善は難しくなることでしょう。

私たちの将来に関わる重要な課題として、対策を講じていく必要があります。

◆おわりに

この連載では全7回にわたって、学校の成立過程や、現場で時世に合わない「慣習」が見直されない現状、教員の過重負担と部活動問題などについて中心的に述べてきました。
そして、日本型学校教育が、子どもと教員にダメージを与えていることについても言及してきました。

日本型学校教育の抜本的な見直しこそが、今後の教育を改善し、次世代の子どもたちに「教育の質」を保障するためのカギであると、私は思います。

教員の過重負担については、もちろん部活動問題の改善は重要ですが、同時に「本務」の過重負担の改善も急務です。
しかしながら、この件については、教員の労働環境だけを改善するということでは効果的な改善には結びつきません。
社会は複雑に交錯しながら、つながり合っています。教員だけではない、すべての職種が過重労働から解放されなくては、教員の労働環境も改善されることはないと、私は考えています。

【連載】教員の多忙さと部活動の関係について(完)

<謝辞>
本連載にあたって、ミテモ株式会社の三橋佳代子様に校正をいただきました。大変ありがたく思っております。連載を完成まで導いてくださった三橋様に、重ねてお礼申し上げます。

【参照】
・神谷拓(2015)『運動部活動の教育学入門』大修館書店
・公益財団法人日本体育協会(2014) 『学校運動部活動指導者の実態に関する調査報告書』{最終閲覧 2016.9.15}
・小室淑恵(2016)『労働時間革命』毎日新聞出版
・文部科学省(2011)『中学校学習指導要領 総則 第1章』{最終閲覧日:2016.9.15}

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